
Azerbaijan Grand Prix
ノリス、緊迫のバクー予選対決でピアストリを0.043秒差で退ける
Eleanor Hartley · 23 Sept · 2 min read
コンストラクター · P3 · 316 pts
McLaren
| Rd | グランプリ | 最高位 | pts |
|---|---|---|---|
| 1 | Australian GP | P5 | 10 |
| 2 | Chinese GP | P19 | 8 |
| 3 | Japanese GP | P2 | 28 |
| 4 | Miami GP | P2 | 48 |
| 5 | Canadian GP | P11 | 12 |
| 6 | Monaco GP | P4 | 12 |
| 7 | Barcelona GP | P3 | 25 |
| 8 | Austrian GP | P4 | 18 |
| 9 | British GP | P4 | 20 |
| 10 | Belgian GP | P5 | 16 |
| 11 | Hungarian GP | P1 | 25 |
| 12 | Dutch GP | P1 | 43 |
| 13 | Italian GP | P4 | 22 |
| 14 | Spanish GP | P3 | 19 |
| 15 | Azerbaijan GP | P13 | 0 |
| 16 | Bahrain GPin Malaysia | P6 | 10 |
マクラーレンは、F1でフェラーリに次ぐ実績を誇る英国チームだ。ブルース・マクラーレンが創設し、ウォーキングを本拠地とする。長い再建期間を経て、アンドレア・ステラ率いるメルセデスエンジン搭載のチームは2024年と2025年にコンストラクターズタイトルを獲得。現在進行中の2026年シーズンも2勝、316ポイントでランキング3位につけており、再び大きな存在感を示している。
ブルース・マクラーレンは1960年代初頭にブルース・マクラーレン・モーターレーシングを設立し、同年代半ばにF1へ参戦した。1970年代初頭には、マクラーレンはすでにトップ争いを繰り広げる勢力となっていた。1974年には4勝を挙げて初のコンストラクターズタイトルを獲得し、その後も1970年代を通じて安定して上位を争った。1976年には6勝でランキング2位。1970年に創設者を失ったことを契機に、新たな経営陣の下で、より企業的な組織体制へと移行していった。
1980年代初頭、ロン・デニスのプロジェクト4との合併がマクラーレンの未来を変えた。1982年にタイトル争いへ復帰すると、1984年は12勝、1985年は6勝を挙げ、コンストラクターズタイトルを連覇。続く黄金期はホンダエンジンとともに訪れた。1988年から1991年までコンストラクターズ選手権を4連覇し、1988年には記録的な15勝を収めた。1990年代初頭もタイトル争いの一角を占め、1992年と1993年はいずれもランキング2位となった。
1990年代半ばの転換期を経て、マクラーレンは同年代末、メルセデスエンジンとともに頂点へ返り咲いた。1998年は9勝でコンストラクターズタイトルを獲得し、1999年は7勝でランキング2位。2000年代に入ってからも、2000年と2001年は2位、2002年と2003年は3位を記録した。2005年のマシンは決勝で最速の実力を見せることも多く、10勝を挙げたものの、ランキングは2位に終わった。激動の2007年は8勝を収めながらも失格処分によりコンストラクターズポイントを失ったが、2008年には6勝、ランキング2位と巻き返した。その後も2012年までトップ3の座を維持し、2010年は5勝、2011年は6勝、2012年は7勝を挙げた。
ハイブリッド時代に露呈した弱点の克服には、長い年月を要した。2013年から2018年までマクラーレンは未勝利に終わり、中団に甘んじることも多かった。最も厳しかった2015年は、27ポイントでランキング9位に沈んだ。それでも段階的な立て直しが実を結び、再び存在感を取り戻していく。2018年の7位から2019年には4位へ浮上し、2020年には202ポイントで3位となった。2021年には勝利を取り戻し、275ポイントで4位。その後は2022年が5位、2023年が4位となるなか、ウォーキングのチームは技術体制を再構築し、マシンコンセプトを磨き上げた。この間もマクラーレン・テクノロジー・センターを活動拠点とし、エンジンパートナーの変更を重ねた末に、再びメルセデスと手を組んだ。
再建が結実したのは2024年だった。チーム代表アンドレア・ステラの指揮の下、メルセデスエンジンを搭載するマクラーレンは6勝、666ポイントでコンストラクターズタイトルを獲得した。2025年にはさらに強さを増し、14勝、圧倒的な833ポイントでタイトルを防衛。現在の2026年シーズンはまだ終了しておらず、チームは2勝、316ポイントでランキング3位につけている。好位置にはいるものの、熾烈な上位争いのなかで、なお取り組むべき課題は残る。
1970年代に基盤を固めたマクラーレンは、幾度となく王座に就いてきた。1974年、1984年、1985年にタイトルを獲得し、1988年から1991年までは4連覇。1998年にも再び栄冠を手にした。異なるレギュレーションやパワーユニットの時代をまたぎ、2位または3位で終えたシーズンは12回に及ぶ。そのなかには、1986年、1987年、1992年、1993年、1999年、2000年、2001年、2005年、2010年、2011年のランキング2位が含まれる。一方で、1978年の8位、1980年と2015年の9位、そして8勝を挙げながらコンストラクターズ選手権から失格となった2007年という特異な結果など、厳しい低迷も経験している。それでも、その歴史を貫くのは復活の軌跡だ。近年の成績にも上昇の流れが明確に表れている。2019年は4位、2020年は3位、2021年は4位、2022年は5位、2023年は4位。そして2024年と2025年にはチャンピオンに輝いた。
ブルース・マクラーレン・モーターレーシングとして創設されたチームは、プロジェクト4との合併によって近代的なマクラーレン・インターナショナルの体制へと生まれ変わり、現在はウォーキングを拠点にマクラーレン・レーシングとして活動している。エンジンパートナーには、1980年代後半の黄金期を支えたホンダや、複数の時期にわたり提携してきたメルセデスが名を連ねる。現在搭載するのもメルセデスのパワーユニットだ。アンドレア・ステラの下でピットウォールの指揮体制が安定したことも、復調と歩調を合わせている。ウォーキングは今も、F1活動の設計、製造、運営を担う拠点であり続けている。
1980年代半ばには、1984年に12勝、続く1985年に6勝を積み上げた。1988年の15勝は、今なおF1史を象徴するシーズンのひとつであり、1990年代末の復活では1998年に9勝、1999年に7勝を記録した。タイトルに届かなかった年でも、2005年や2011年のように、幾度も勝利を重ねるチームであることは珍しくなかった。そして何より雄弁なのが、近年の躍進だ。2024年の6勝、2025年の14勝は、現代のマクラーレンが歴代のどの時代にも劣らない強さを備えていることを示す。2026年はまだシーズン途中だが、すでに挙げた2勝によって、引き続きトップ争いの一角を占めている。

Azerbaijan Grand Prix
Eleanor Hartley · 23 Sept · 2 min read